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墓参り。 | macky♪worldにようこそ。
ここは現実の隙間に落っこちてる非現実の世界。夢と現をさまよう独り言を紡いでいます。
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墓参り。 [2009.05.13] C(0) 続きを読む 
 お久しぶりです。

近いうちにmixiの日記をこっちとリンクさせよーかと考えつつ、何もしなーい。ずいぶん前から考えててずいぶん前からぶつぶつ言ってる気がする。

なんだかあまりパソコンに向かわない日々が続いてます。
家にいる時間が少ないからなんだろーな。

心にほこりがそっとつもるようになると、何かしら表したい気持ちがふつふつとわいてきます。
喉がかわくような、叫びだしたいような、音でからだをみたしたいような、色を重ねたいような。
絵が描きたいんだよなー。
色が頭のなかでうずめくのです。

焦る気持ちはないのだけど、余裕がまったくないわけではないんだけれど、それでも毎日、リズムよく体を使うことに必死。
はたからはずいぶんとのんきで、何の変化もないように見えるかもしれないけど、わたしの中ではひとつひとつ、着実に「前へ進んでいる」ように感じられています。
もう少ししたら余裕もでてくるでしょう。

たぶん、あまり自覚はないんだけれど、ここのところ1か月の単位で物事の変化が急激過ぎて。
わたしの中身はあんまりそれについていけてない。
これまでは変化があると、わりとわたしは渦中から逃れてばかりいた気がする。
今回は違う気がする。逃れらんないっていうのもあるのかな。
どっか世界はわたしと違うとこにあるよーな気がしてた。
でも世界はわたしがいて、ちゃんとここに広がってる。
そーゆーかんじです。
よくわかんないけど。


実は「母の日」があったせいか、やたらとここ数週間おかーさんを思い出しては切なくかなしく涙ぐんでた。
思い出さないより、ずっといい。
それはそうなんだけれど。
今はまだ、思い出を懐かしむよりも、かなしむ方が強い。

その思いをうまく言えない。まだ。
何がどうかなしいのか、うまく表せない。

おかーさんが死を意識したのはいつ頃なんだろう。
何かが消えていくのを感じながら、じっと時を待つのはどんな気持ちだったのだろう。
そんな、おかーさんでしかわかり得ない思いを想像しては涙がこぼれた。
きっとその時が来ないと、わかるはずがない。
思いを重ねようがないのに。

母親が子供を愛するように、等しい分量の愛を、子供が母親に返せるわけがない。
それは無償なのだから、返すとかの問題ではないんだけれど。
だから、連鎖のように、次へ、次へと、愛情は伝えていけるんだと思うのだけれど。

きっと、ないけど、奇跡か何かで、おかーさんに再び会えたとしても、やっぱりどうしたって母親に対してわたしは子供だから、甘えてしまう。無償の愛を求めてしまう。
そんなだから、もっと愛情を、感謝を、伝えたかったなぁと思うけれども、それは後悔して思うのではなくて、ただただ、純粋に会いたいなぁと恋しく思ってるんでしょうね。

そんなわけで、お墓参りに行きました。
ひとりで行ったのではなく、いろんな意味を含んだお墓参りだったんだけど。
そこにはいない、と歌うくらいだから、きっとおかーさんも「お墓に行ったっていないんだから、遠いのにわざわざ、いいのに。」とかなんとか思ってると思うんだけど。

まぶしいのかなんなのか、お墓はきらきらしてました。
わーって細かい粒子が空気中に溢れてるよーな。
お墓に行って、気持ちがすこしすーっとなじんだ気がするので、結果的に行ってよかったんだろうな。
そんな風に少し思った。

秋くらいにまた行こうかな。
無理かな。
行きたいな。
墓参り。 [2009.05.13] 
 お久しぶりです。

近いうちにmixiの日記をこっちとリンクさせよーかと考えつつ、何もしなーい。ずいぶん前から考えててずいぶん前からぶつぶつ言ってる気がする。

なんだかあまりパソコンに向かわない日々が続いてます。
家にいる時間が少ないからなんだろーな。

心にほこりがそっとつもるようになると、何かしら表したい気持ちがふつふつとわいてきます。
喉がかわくような、叫びだしたいような、音でからだをみたしたいような、色を重ねたいような。
絵が描きたいんだよなー。
色が頭のなかでうずめくのです。

焦る気持ちはないのだけど、余裕がまったくないわけではないんだけれど、それでも毎日、リズムよく体を使うことに必死。
はたからはずいぶんとのんきで、何の変化もないように見えるかもしれないけど、わたしの中ではひとつひとつ、着実に「前へ進んでいる」ように感じられています。
もう少ししたら余裕もでてくるでしょう。

たぶん、あまり自覚はないんだけれど、ここのところ1か月の単位で物事の変化が急激過ぎて。
わたしの中身はあんまりそれについていけてない。
これまでは変化があると、わりとわたしは渦中から逃れてばかりいた気がする。
今回は違う気がする。逃れらんないっていうのもあるのかな。
どっか世界はわたしと違うとこにあるよーな気がしてた。
でも世界はわたしがいて、ちゃんとここに広がってる。
そーゆーかんじです。
よくわかんないけど。


実は「母の日」があったせいか、やたらとここ数週間おかーさんを思い出しては切なくかなしく涙ぐんでた。
思い出さないより、ずっといい。
それはそうなんだけれど。
今はまだ、思い出を懐かしむよりも、かなしむ方が強い。

その思いをうまく言えない。まだ。
何がどうかなしいのか、うまく表せない。

おかーさんが死を意識したのはいつ頃なんだろう。
何かが消えていくのを感じながら、じっと時を待つのはどんな気持ちだったのだろう。
そんな、おかーさんでしかわかり得ない思いを想像しては涙がこぼれた。
きっとその時が来ないと、わかるはずがない。
思いを重ねようがないのに。

母親が子供を愛するように、等しい分量の愛を、子供が母親に返せるわけがない。
それは無償なのだから、返すとかの問題ではないんだけれど。
だから、連鎖のように、次へ、次へと、愛情は伝えていけるんだと思うのだけれど。

きっと、ないけど、奇跡か何かで、おかーさんに再び会えたとしても、やっぱりどうしたって母親に対してわたしは子供だから、甘えてしまう。無償の愛を求めてしまう。
そんなだから、もっと愛情を、感謝を、伝えたかったなぁと思うけれども、それは後悔して思うのではなくて、ただただ、純粋に会いたいなぁと恋しく思ってるんでしょうね。

そんなわけで、お墓参りに行きました。
ひとりで行ったのではなく、いろんな意味を含んだお墓参りだったんだけど。
そこにはいない、と歌うくらいだから、きっとおかーさんも「お墓に行ったっていないんだから、遠いのにわざわざ、いいのに。」とかなんとか思ってると思うんだけど。

まぶしいのかなんなのか、お墓はきらきらしてました。
わーって細かい粒子が空気中に溢れてるよーな。
お墓に行って、気持ちがすこしすーっとなじんだ気がするので、結果的に行ってよかったんだろうな。
そんな風に少し思った。

秋くらいにまた行こうかな。
無理かな。
行きたいな。
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